『IR担当の仕事術―資本市場と経営陣の信頼を得る全手法』(『旬刊経理情報』2026年10月10日号掲載書評)

書評

IR担当の仕事術 『旬刊経理情報』2026年10月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:林 祐司 氏)に『IR担当の仕事術―資本市場と経営陣の信頼を得る全手法』神山 光〔編著〕片桐 さつき〔著〕を掲載しました。







本書を手に取る前、評者はIRの技法書を想定していた。精緻な資料を作り、説明会を滞りなく運営する手引きである。よい意味で裏切られた。もちろん開示実務についても著者達の経験に裏打ちされた記述が充実している。実に勉強になる。しかし評者のみるところ本書を特徴づけるのは、IR部門をいかに組織に根づかせるかという組織論である。

本書はIR業務を、会社の各部門が生み出した事実に解釈と文脈を与え、企業価値へと昇華させる業務と規定する。IR担当者は開示作業の担い手を超えた企業価値の設計者だという。そうすると、資料作成の技術に加え、事実がIRのもとへ滞りなく集まる流路を社内に構築することが求められる。本書が組織論へ踏み込むのは必然であった。ただし、これを担うIR人材は全就業人口の0.015%、約1万人と推計される。その多くは、社内に同職の先達を持たぬまま組織づくりを独力で背負う。本書はこの人々に改善のための指針を与える。

本書は序章と第1章でIRという職務の輪郭を描き、第2章から第7章までの実務編で、人材要件、基本業務、組織の立ち上げ、他部門との連携、業務の進化、サステナビリティ開示へと進む。第8章は開示実務の先にあるキャリアを展望する。

編著者の神山光氏は、㈱カプコン、ソフトバンクグループ㈱、㈱リクルートホールディングス等を経て、㈱エクサウィザーズではIPO対応から上場後のIR部長、資本市場戦略責任者までを担った。企業規模と上場前後という時間軸の双方に幅を持つ実務家である。片桐さつき氏は、統合報告とサステナビリティ開示を専門とする。

IR部門を組織としていかに作るかを正面から論じた類書は思い当たらないなか、特に目を引くのが第4章である。ゼロからの立ち上げ、兼務から専任組織への移行、専任組織だが強化点のみえないフェーズ。段階ごとに自社の位置の見極め方、そこで要る人材像を論じる。

評者が各社の開示を読んでいると、時価総額の割に資料がやや寂しい会社に出会う。課題が資料作成の技術でなく、組織態勢にあることも多いのだろう。その処方箋を示すのが第5章である。IRが情報のハブとして各部門を支えることで、コストセンターではなく価値を提供する部署とみなされると説く。これによりはじめて社内から信頼され、情報が集まる。

本書が主に想定する読者は少人数組織の担当者、壁にぶつかる担当者、これから上場する企業のCFOとされる。実務編はまさにこの層に向けられている。だが読者はそこに限られまい。第8章のキャリア論は、すでにしくみの整ったプライム企業の担当者にこそ切実であろう。組織が完成しているがゆえに次の一歩が見えにくい。本書はその先をIRスペシャリスト、経営人材、事業変革人 材、独立・起業の4類型に整理する。IR人材には多様なキャリアがある。

孤独に開示に向き合う担当者を、会社を動かすキープレイヤーへと押し上げる1冊として本書を薦めたい。

林 祐司(東京都立大学 大学教育センター 教授)

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