『海外投資家ニーズを押さえた英文開示のあり方・作り方』(『旬刊経理情報』2023年10月1日号掲載書評)

書評

海外投資家ニーズを押さえた英文開示のあり方・作り方 旬刊経理情報』2023年10月1日号 の書評欄(「inほんmation」・評者:伊藤 晴祥 氏)に『海外投資家ニーズを押さえた英文開示のあり方・作り方』(井川 智洋・児玉 高直・杉渕 均〔著〕)を掲載しました。







本書は、英文開示により企業価値の向上を実現しようと考えているIR担当者の必読書である。3人の著者自身の豊富な実務経験のみならず客観的な事実をもとにして、日本企業の英文開示における問題点を的確に指摘し、企業価値の向上や株価純資産倍率(PBR)の向上のためにどのような情報開示をすればよいかに答えている。

たとえば、情報開示の充実は、情報の非対称性の解消により資本コストを低減させ、企業価値を向上させる。1章では、外国人投資家が、企業による英文開示が日本語での開示と同じ時点でなされることを求めており、日本企業のそれは以前と比較して改善しているものの、まだ多くの外国人投資家にとって満足できる水準ではないことが示されている。そのうえで、研究機器メーカーや化学メーカーが海外での売上進捗等の英文開示を充実させたところ、株価の向上につながったことが示されている。

2章では、コーポレートガバナンス・コードで要求されているような情報を受動的に英語で発信するのみでなく、投資家等のステークホルダーが欲している情報を能動的に把握し、そのような情報を適時に英文開示することの重要性が述べられている。ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が公開したS1(サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項)やS2(気候関連開示)等のサステナビリティ情報開示にも触れ、企業価値を高めるために必要な情報開示のあり方を示している。特に「自らを主語とし、自らの考えを提示する」ことの重要性を示しているが、受動態が多用されている日本企業の英文開示の改善のために重要な指摘である。

3章でも、英文開示の事例が多く示されている。日本企業の事業計画では、「新中期経営計画は、X社が今後果たすべき主な役割について議論を重ねた結果、策定されたものです。」等という表現が散見されるが、具体的な記述がなく投資家が必要としている情報を一切もたらしていない。一方、米フォードは、「当社の成長と価値創造のための計画です。」と冒頭に示し、事業の目的を明確にし、その目的達成のために何をするのかを明瞭に記述している。その他にも論理的な記述のみではなくストーリーの重要性も示されている。豊富な英文開示事例を「日本語」にて示し、その悪い点や改善例も示されている。

以上のように、英文開示の考え方や海外投資家が何を考えているのか、どのような情報を欲しいと思っているのかを「日本語」でわかりやすく学び、英文開示を通じた企業価値の向上に取り組むには最適な書籍である。一方で、日本企業が作成した英文は日本語の直訳のような文章が多く極めて読みにくいことが多いが、具体的にどのように英語で表現すればよいかについての記載はほとんどどない。このような具体的な英語表現について関心がおありの方は、本書で引用されている書籍等を参考にされたい。また、筆者にはそのようなニーズに応える書籍の執筆も期待したい。

伊藤 晴祥(青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授)

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