『中小企業会計とその保証』(『企業会計』2022年8月号掲載書評)

書評

中小企業会計とその保証
企業会計』2022年8月号の書評欄(評者:中里 実 氏)に『中小企業会計とその保証 』(弥永 真生 〔著〕)を掲載しました。







古くからの私の友人である明治大学専門職大学院会計専門職研究科の弥永真生教授は,企業会計と商法の双方に確固とした軸足をおき,理論のみならず実務にも精通した,余人の追随を許さない研究者である。

本書は,その弥永教授が,日本の中小企業における計算書類の信頼性を確保するためにはどうすべきかという理論的にも実務的にも困難な問題について,諸外国と日本における歴史と現状を詳細に展望しながら,正面から検討を加えた,740頁の本格的な大著である。本書の中で日本の比較対象とされた国は,アメリカ,イギリス,アイルランド,EU,ドイツ,フランス,オランダ,イタリア,スペイン,ポルトガル,デンマーク,スウェーデン,ノルウェー,オーストラリア,ニュージーランド,カナダの多数に及ぶという,空前絶後の規模である。

また,弥永教授が,東京大学法学部に提出した助手論文である「取得原価基準の再検討(1)-(4・完)」(『法学協会雑誌』107巻8 号1276-1371頁, 9 号1381-1478頁,10号1671-1759頁,11号1849-1936頁,1990年)をはじめとして,これまでに公表した論文等は,2022年4月20日現在において,何と900本の多数になる(https://gyoseki1.mind.meiji.ac.jp/mjuhp/KgApp?resId=S003467) という事実は,弥永教授の博覧強記ぶりを何よりも雄弁に物語る。

同学部の助手は,学部卒業後に任命され,3年間かけて助手論文を完成させ発表する義務を負っている。こういうと簡単なようであるが,実は,想像以上に過酷な義務である。したがって,短い在任期間に完成度の高いものを書くとすれば,複数の専門分野に及ぶテーマは避けたほうがよいと考えるのが人情である。無知であった私は,無謀にも,アメリカ,ドイツ,フランス,および日本における,企業会計や商法が法人税の課税所得算定に及ぼす影響をテーマに選んでしまった(中里実『法人税の研究』有斐閣2021年に所収の「法人税における課税所得算定の法的構造」参照)が故に,相当に苦しい研究生活を送ったことを今でも思い出す。私など,弥永教授に比べれば,きわめて狭い範囲の表面のみをなぞっただけで,真の意味で複数の専門領域にわたる詳細な研究を行ったわけではないが,その私でさえ,今でも,もう少し戦線を縮小しておけばと悔やむことがある。

それにもかかわらず,弥永教授は,言葉の真の意味において,様々な国々の法律学と会計学の双方に正面から挑み,いずれの分野においても超一流の業績と評価されるものを,ここに完成させたのである。これは,まさに超人の域に達した業績である。本書の完成を心よりお喜びする次第である。

本書は,3つの部からなる。すなわち,その第1部「中小企業の会計とその保証の重要性」においては,本書の問題設定と検討方針が述べられる。第2部「中小企業の会計」においては,世界各国の中小企業の会計制度について分析・紹介が行われる。第3部「中小企業の会計の信頼性確保」においては,世界各国における中小企業の会計制度の信頼性の確保措置についての分析・紹介がなされている。総じて,これほど様々な国の制度について,これほど正面から詳細に分析・紹介した書物は,これまでに全く存在しなかった。これだけの調査を行うだけでも何十年もかかるはずである。本書ににじみ出ているのは,弥永教授のそのような誠実な執筆の姿勢である。

日本において,このような包括的研究が,法律学と会計学の両方のプロである弥永教授によってなされた点,および,この書物により,企業会計法の分野が,法律学の中において揺るぎない地位を築くことになったという点を,ここにお祝いしたい。

[評者]中里 実(東京大学名誉教授 西村高等法務研究所理事)

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