『会計のオルタナティブ 資本主義の転換に向けて』(『企業会計』2022年8月号)

書評

会計のオルタナティブ 資本主義の転換に向けて
『企業会計』2022年8月号の書評欄(評者:吉見 宏 氏)に『会計のオルタナティブ 資本主義の転換に向けて 』(小栗祟資・陣内良昭 〔編著〕)を掲載しました。







「オルタナティブ」は,翻訳すれば「代替案」であろうか。しかし代替案というと,2番目の案,代案といったニュアンスが出てしまう。本書の書名に使われているオルタナティブは,現状のものから進化した新しい考え方,とでもいいかえてよいかもしれない。

本書の主題は,現代における会計の変化と,そしてそこにはどのように進化した新しい考え方があるのかを,探求することにある。その背景には,資本主義が変化しているという認識がある。すなわちそれは,営利企業が自由な経済活動を行うことで発展してきた資本主義から,公共の利益に合致した経済活動を行うことで持続的な発展を目指す資本主義への変化である。会計的には,特に株主・投資家(貨幣資本家)に向けられてきた会計情報の作成・開示が,より幅広いステークホルダーを意識したものにならざるを得ないことを意味しており,その内容も「企業正義」の達成を示す情報に変化している。

本書ではその会計の変化を,会計理論(第Ⅰ部),計算と報告(第Ⅱ部),会計制度(第Ⅲ部)の3つの論点から分析している。本書の共編者の小栗崇資・駒澤大学名誉教授と陣内良昭・東京経済大学名誉教授は,同世代でもあり,過去約40年にわたって,同じような研究歴を重ねられてきた。両教授とも,会計理論学会会長を歴任されており,特にこの学会での学術上の交流は深い。本書も,会計理論学会のスタディ・グループにおける研究成果をもとにまとめられたものであり,グループのメンバーの先生方が各章の執筆者となっている。

一方で,本書の全体に渡る問題意識を示す序章と,「3つの論点」である各部の冒頭の第1章,第5章,第12章は,小栗・陣内両教授の共著の形が取られている。ここでは,序章を受けて各論点にどのような展開がありうるのかが示されており,ここを読むだけでも大変興味深い指摘を得ることができる。

そののち,各部では,スタディ・グループのメンバーの先生方から個別の論点に基づいてオルタナティブが検討される。しかしそこでは,これまでに見たことがないような全く新しいオルタナティブが示されるわけではない。たとえば,計算にしても,かつて井尻雄士教授が示した三式簿記のような提案があるわけではなく,複式簿記を前提に,付加価値計算や非財務情報,無形資産が検討される。会計制度においても,会社法や金融商品取引法が新たな資本主義の時代にどのように対応していくのかを検討しており,これらや国際財務報告基準にかわる新たな会計制度を俯瞰しているわけではない。

すなわち,本書で検討されているのは,現在変化しつつある会計,普遍的な会計実務になりつつある事象である。その背景には,資本主義の変化という認識があり,個々の新たな会計事象を説明するためには,第Ⅰ部の会計理論のオルタナティブが使われる。このようにして,現在起こっている会計現象を理論的に説明する,ということが本書の関心の中心なのである。

そのように考えると,本書の学術的価値の高さが理解されると共に,いま現実に起こっている会計の変化が,どのように説明できるのかという点で,実務の視点からも有用な書であることが理解される。

評者の私見であるが,小栗・陣内両教授は,これまで研究上の交誼も深く,同志ともいえる関係である。しかしながらその研究上の主張は必ずしも一致するものではなく,学会でもしばしば批判的な議論を交わされるとともに,それぞれの主張を尊重されてきた。それが本書において,両教授の4章にわたる共著となって結実したように思えてならない。研究者の議論の足跡を垣間見る,という点からも,本書の一読をおすすめしたい。

[評者]吉見 宏 北海道大学教授

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