『ESG情報開示の実践ガイドブック』(『旬刊経理情報』2022年6月1日号)

書評

ESG情報開示の実践ガイドブック
旬刊経理情報』2022年6月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 角野 里奈 氏)に『ESG情報開示の実践ガイドブック 』( 藤野 大輝〔著〕 )を掲載しました。







前職で勤務していた事業会社で、「企業価値経営」というテーマで検討を行うプロジェクトを担っていたことがあった。本書を読んで、当時何度もぶつかった、「企業は誰のために存在するのか」という禅問答を幾度となく思い出した。

「企業は誰のために存在するのか」...会社法の教科書的な概念としては、「企業運営の委託者である投資家から集めた資金で事業を運営して利益を獲得し、投資家に対し利益を還元したり、再投資を通じてさらなる成長を図ったりすること」が企業の責務と考えられ、その意味では「企業は投資家のために存在する」という解もある。だからこそ、企業がその責務を果たしていることを表明するためにディスクロージャー制度が存在しているということはいうまでもない。

お恥ずかしながら、私がESG投資という言葉を初めて知ったとき、「G:ガバナンス」はともかく、「E:環境への配慮」、「S:社会課題の解決」という概念と資本市場の活動を結びつけるイメージをどうしても具体的に湧かせることができなかった。もちろん、環境や社会課題に配慮した企業に資本が集まることは歓迎すべきことで、そのためのしくみであることは理解できたが、「企業価値の創造とは、『キャッシュ・フローの創出』や『時価総額の増大』である」という固定観念にとらわれていた私にとって、それはどうしても抽象的な概念としか感じられなかった。

しかし、本書の前半では、ESG情報開示と従来のディスクロージャー制度との違いや、「CSR」、「SDGs」といったESGと近しい概念の用語との関連性が丁寧に解説されており、これまで疑問に感じていたことが1つひとつクリアになっていった。

思い込みかもしれないが、私が感じていたような疑問を持つビジネスパーソンは多いのが現状なのではないかと思われる。特に、上場会社の経理部や財務部で仕事をする方のなかには、たとえばここ10年の間に「海外から来た流行りの概念」に則って社内で「SCR部」といった部署が創設され、「ESG情報開示」なるものに取り組むことになったことに対し、自分たちがどのように関わることになるのかイメージがあまり湧かないという方も多いのではないだろうか。本書では、中盤以降で「ビジネスモデルとESGの関わり」、「経営戦略へのESGの組み込み」、「ESG開示のための体制構築」が解説されており、本書を読むことによって経理部や財務部で働く方々がESG開示への取組みに対し、当事者意識を強めることができるのではないかと感じた。

現在、ESG開示は統合報告書等での開示が主流ではあるものの、金融庁では気候変動等を中心とした内容について有価証券報告書での開示を求めることが検討されており、企業の経理・財務担当者がESG開示に対し理解を深め、当事者意識を強めることが一層求められているものと考えられる。これまで統合報告書の作成に直接携わってきた方だけでなく、幅広いビジネスパーソンの方に本書を必携としていただきたい。

角野 里奈( ㈱A C C E S S O代表取締役、角野里奈公認会計士事務所 公認会計士)

記事掲載書籍をカートに入れる