『セルサイドM&Aの実務』(『旬刊経理情報』2026年9月10日号掲載書評)

書評

セルサイドM&Aの実務 旬刊経理情報』2026年9月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:木下 勇人 氏)に『セルサイドM&Aの実務』佐武 伸〔監修〕三浦 正裕・富田 勇治・大西 紘司〔著〕を掲載しました。







近年、事業承継問題の深刻化や企業の成長戦略の加速を背景に、日本におけるM&Aの実施件数は過去最多を更新し続けている。買主側が連続的な買収を通じてノウハウや交渉術を蓄積する一方、一生に一度の選択となる売主側との間には、依然として深刻な「情報の非対称性」が存在する。

買主有利に傾きがちなこうした市場課題に対し、徹底して売主(セルサイド)の利益と視点に寄り添い、真の「成功」への道筋を明解に提示したのが本書である。

本書は全5章で構成され、M&Aの検討から準備、実行、そして譲渡条件の最大化に至る一連の実務プロセスを時系列かつ体系的に整理している。

第1章では、中小企業、スタートアップ、上場企業という3つのセグメントごとにM&A市場の最新動向を分析し、単なる事業承継にとどまらない成長戦略型M&AやスイングバイIPOといった現代的な潮流を明かす。

続く第2章では、親族内承継や廃業を含む多様な選択肢のなかで「本当に譲渡すべきか」を見極めるための評価手法を提示する。ROICとWACCを用いた事業ポートフォリオ評価や税制改正(ミニマムタックス)のインパクトなど、経営の意思決定に直結する高度な知見が盛り込まれている点も極めて秀逸である。

第3章および第4章は、ディールの現場で直面する泥臭くも避けては通れない実務課題への処方箋となっている。定款・株式の集約や公私混同の解消といった「プレM&A手続き」の要点から、仲介会社とFAの違い、意向表明書の精査、デューデリジェンス(DD)対応、最終契約における表明保証交渉や経営者保証の解除まで、売主が取るべき実践的アクションが過不足なく網羅されている。

なかでも本書の真価が遺憾なく発揮されているのが第5章である。単なる「成立」を超えた「最高水準での成功」を実現するため、実態財務の整理から磨き上げ施策、買主シナジーの定量的反映、そしてDCF法による企業価値評価への接続プロセスを具体的な数値シミュレーションとともに詳解する。さらに、2段階入札方式による競争環境の演出や改善困難な論点の情報開示タイミング、セラーズDDの戦略的活用など、交渉本番におけるリアルな立回りの妙は、長年現場の最前線で陣頭指揮を執ってきた著者陣ならではの圧巻の知見である。

専門用語を平易に噛み砕いた丁寧な記述と豊富な図表は、M&Aの全貌を直感的に理解させる工夫に満ちている。

不当な条件引下げを防ぎ、自社の正当な価値を未来へつなぐための知見が詰まった本書は、単なる手引書を超えた実務家の強力な武器となるだろう。事業承継に直面するオーナー経営者はもちろん、戦略的カーブアウトを推進する上場企業の経営企画担当者にとっても、主導権を握りディールを成功へ導くための確かな「共通言語」と「羅針盤」を提供する必携の1冊である。

木下 勇人(税理士法人レディング代表 公認会計士・税理士)

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