『法務の現場でつかんだ「ビジネスがわかっていない」と言われたら読む本』(『旬刊経理情報』2026年8月10日号掲載書評)

書評

法務の現場でつかんだ「ビジネスがわかっていない」と言われたら読む本 旬刊経理情報』2026年8月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:柴田 千尋 氏)に『法務の現場でつかんだ「ビジネスがわかっていない」と言われたら読む本』宮崎 裕子〔著〕を掲載しました。







本書を読む前は、弁護士など法務担当者のための実務書だと思っていた。しかし読み終えてわかったのは、職種を問わず、あらゆる専門家に向けたキャリアの必読書だということだった。

正直にいえば、15年前に読みたかった。監査法人にいた公認会計士の私が、外資系保険会社の内部監査へ転じたとき、まさにこの1冊が必要だったからだ。当時の私は、「会計や内部統制には詳しいが、この会社のビジネスがわかっていない」と言われる側にいた。専門知識には自信があったが、進むべき道しるべが見つからず、戸惑っていた。

「ビジネスがわかっていない」。この一言は、専門家にとって深く突き刺さる。私自身、同じ外資系保険会社で、著者とまったく同じ経験をした。案件がほぼ固まった段階でコンプライアンスチェックに回され、意見を求められた。だが指摘をすると、「今更コンプラから指摘をもらっても間に合わない」と言われたのである。本当に、その経験をする前に読みたかった。本書の優れている点は、なぜ専門家の言葉は届かないのか、その原因を徹底的に言語化したうえで、隔たりをどう埋めるかを、精神論ではなく具体的な行動として示していることだ。

著者の宮崎裕子氏は、法律事務所に10年勤めたのち、外資系企業3社の法務を経て、外資系日本子会社の代表取締役まで務めた方である。専門家として組織の頂点まで上り詰めた人の言葉には、確かな重みがある。

著者が繰り返し説くのは、専門知識そのものではない。誰がキーマンなのか。どこで実質的な意思決定が行われているのか。組織の力学を読み解き、そこへ専門性を接続する作法である。とりわけ、組織に溶け込み価値を発揮するまでの最初の半年間について、月ごとに何をすべきかまで示している点は実践的だ。これは法務に限らない。会計士や税理士をはじめ、あらゆる専門家が事業会社で価値を発揮するために欠かせない視点である。

私たち専門家は、知識さえ磨けば道は開けると信じがちだ。しかし事業会社で問われるのは、「正しさ」そのものではない。その正しさを、誰に、どう届けるかである。

社外役員となった今も、私はこの視点を強く意識している。取締役会に上程される議案は、どこで、誰によって実質的に固められたのか。真の意思決定者は誰なのか。そこを見抜く解像度こそが、専門家としての貢献の質を左右する。なぜ、あの提案は通らなかったのか。その問いは、社外役員だけのものではない。事業に関わるすべてのビジネスパーソンが持つべき視点である。

だからこそ本書は弁護士だけのための本ではない。キャリアの岐路に立つとき、転職を考えるとき、あるいは事業会社の空気になじめず悩むとき、ぜひ手元に置いてほしい。

15年前の私に、そっと手渡したい。そして今、同じ壁の前で立ち止まっているすべての専門家にも、自信を持って薦めたい1冊である。

専門性という武器を、組織を動かす力に変えたい。そう願うすべての人の背中を、本書は静かに押してくれる。

柴田 千尋(サニーキャリア合同会社代表社員 公認会計士)

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