書評
『旬刊経理情報』2026年4月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:松岡 俊 氏)に『ソニーの経理パーソンになる』潮 清孝・林 尚史・妹尾 剛好〔著〕を掲載しました。
昨今、人的資本経営やDXが叫ばれるなか、企業の経理組織には正確な決算業務だけでなく、経営を支える付加価値業務の比率向上が強く求められている。しかし、その理想を具体的な組織設計や人材育成にまで落とし込み、変革のプロセスとして提示できている企業は多くない。こうしたなか、ソニーの経理組織を詳細に分析した本書は、実務家にとってきわめて示唆に富む1冊である。
本書の構成は、大きく2つのパートに分かれている。前半の約3割でソニーの経理組織における機能別構造や戦略的設計を論じ、後半の約7割で現場の若手・中堅社員へのインタビューを掲載している。著者陣は、同社のグローバル経理センターでDXや人材育成などの変革をリードした林尚史氏、同社経理部での実務経験を持ち実務と学術の架け橋を担う潮清孝教授、そして詳細な実地分析から管理会計の本質を量的・質的両面から追究する妹尾剛好教授の3名である。これら3者の知見を組み合わせることで、経理組織の変革に向けた議論を深めるための、重層的な視点が提示されている。
筆者は1998年から21年間、ソニーの経理部門に在籍していた。当時の現場を知る立場から現在の実態を読み解くと、その変革の深さに驚きを禁じ得ない。筆者が新人だった頃は、毎月1,000件近い紙の伝票を処理し、1つひとつに押印する作業に忙殺されていた。しかし、本書に登場する入社2年目の社員は、ペーパーレス化された環境ですでにこうした定型業務を外部委託している。テクノロジーの進歩を組織の変革に同期させることで、自らは、判断が求められる高度な業務に注力しているのだ。
グローバルな働き方も劇的に変化した。筆者は入社後13年間、一度も英語を使わずに国内業務に従事した。対して現在の若手社員は、入社直後から英語で海外拠点と連携し、プロジェクトを推進している。たとえば、入社4年目でパナマに滞在し、現地の商習慣を吸収した事例など、若手が早期に国際的な経験を積めるよう、マネジメント層が組織を戦略的に再設計した成果が明確に表れている。
また、本書からは組織の風通しのよさも伝わってくる。若手社員が自社のよい面だけでなく、課題と感じている点を率直に述べている背景には、強固な心理的安全性が根づいている。不都合な事実が適切に報告される土壌こそが、組織の自浄作用を支えているのだ。
本書の主な読者対象は経理を志す学生であり、実務への理解を深める一助となるだろう。一方、本書は次世代の育成に悩むマネジメント層にとって良質な事例集でもある。筆者は現在、新興上場企業の経理責任者を務めている。現職ではソニーの組織論やシステム構成を参考に、業務プロセスを構築中だ。本書にある標準化と外部委託による高度化の思想は、リソースの限られた組織でも十分に活用できる。単なる成功事例の紹介に留まらず、抽象化された設計思想を自組織へ適用する具体的なヒントを得られる点が本書の真価である。規模を問わず、変革を志すすべての経理パーソンに本書を強く推奨したい。
松岡 俊(株式会社マネーフォワード 執行役員 グループCAO)
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