書評
『旬刊経理情報』2026年3月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:黒澤 利武 氏)に『戦略的リスクテイク入門―持続的成長と企業価値向上をもたらす思考と技法』PwC総合研究所合同会社〔編〕/栗原 俊典・北野 淳史・古宇田 由貴〔著〕を掲載しました。
企業はなぜリスクをとるのか。大学教員をしていると留学試験の面接官をすることがある。あるとき外国の大学でリスク管理を勉強したいとする優秀な学生らに会った。ベイズ統計学などを引き合いに出し志望動機を熱く語る彼ら。ふと聞いた。「なぜ、企業はリスク管理をするのですか?」「企業の持続可能性のためでしょうか」「企業はリスクを取るからでしょうか」「そう。では、なぜ企業はリスクをとるのですか?」「利益を出すため、株主のためでしょうか...」
少し違う。リスクを取ればリターンは当然ついてくる。利益のため、というだけではトートロジーだ。リスクテイクの目的はそのメビウスの輪の外にある。しかし会社法は会社の目的について何も書いていないし、取締役の忠実義務も「会社のため」としか書いていない。ただ「株主のため」とも書いてない。おそらく近時有力説に倣えば、企業は社会課題解決のため、パーパス実現のためにリスクをとって業務を遂行するのであろう。パーパスというのは、しかし抽象的でピンとこない。多くの日本企業にとって、企業目的は端的に顧客を満足させることと捉えればよいのではないか。そのほうが実務的にはしっくりくるだろうし、金融庁で金融検査マニュアルを作ったりなどしてきた筆者の頭にも入る。ただ、顧客は民度が高く欲張りだ。顧客は安くてよい商品さえあれば満足するわけではない。フェアトレードにみられるように、従業員やサプライヤーを搾取してまでも安い商品が欲しいわけではない。地域社会や地球環境を破壊してまでもそれを求めてはいない。そうしたステークホルダー(というより、コントリビューターか)に正当な補償をするような企業の商品を求めている。そして、それこそがリスクテイクなのである。モノそしてヒトに投資すること、環境や社会に対するコストを考えること、そして株主などの資金提供者に報いること、これらすべて広い意味でのリスクテイクである。リスクは向こうから歩いてやってくるわけではない。いけず石のようにその辺に転がっているものでもない。企業が目的を達成するために、能動的、戦略的に選び取るものなのだ。
そこで、この栗原氏他の手になる労作である。この書物は読者を選ぶ。自らの目的を見定めて、そのためにリスクテイクをする覚悟のある企業者にとって、これほど頼もしいロードマップはまず見当たらない。顧客ニーズ極大化を目的と設定した場合、とらなければならないリスクの許容度と種類は何か、それを管理するための企業文化、態勢、道具立てはいかにあるべきかを見事に示唆する。そしてついには会社とは何か、誰のものかを考えさせてくれる。
現代の会社は資本金こそ受け入れているが、それ以外の多様なインプット、雇用、サプライヤー、環境負荷さらに無体財産などを糾合し、社会的に意義ある商品を作り出す装置へと進化した。もはや企業は誰のものでもない、そもそも所有できるようなものですらない。それは、すべてのコントリビューターがつくり上げた舞台仕立てのようなものだ。本書の一読をお勧めしたい。
黒澤 利武(田辺総合法律事務所、慶應義塾大学教授)
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