書評
『旬刊経理情報』2026年1月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:中島 努 氏)に『会計処理・開示の「訂正」ケースファイル』石王丸 周夫〔著〕を掲載しました。
本書を手に取ってまず目を引いたのは、帯や〝はしがき〟にある「訂正は多くを語る」の文言。「あれっ、ミステリー小説っぽい」そう思いつつ本書を読み進めると、そこでは訂正事例を深掘りしていく著者の推理の過程が見事に再現されていたのである。
本書は決算短信、株主総会招集通知、有価証券報告書などの訂正事例のなかから誤謬に関するものを深掘りして分析した書籍であり、会計処理・開示の訂正事例が多数取り上げられている。有価証券報告書の提出までに誤りに気づいた場合には訂正報告書が提出されないため、訂正報告書から事例を集めようとするとどうしても訂正事例は少なくなってしまう。しかし、本書では決算短信の訂正事例もカバーしており、より広範囲に訂正事例が取り上げられている。なかには「こんな訂正もあるのか」といったものも含まれている。他書では目にすることのない実務上の多様な誤謬や訂正パターンを知ることができ、実践的な気づきが得られる点が本書の特徴である。
また、本書に関して強調しておきたい点は、単なる事例集ではないということである。どのような誤りが生じたのか、その原因はどこにあったのか、さらに誤りの発生を防ぐ対策にまで言及しているのである。そのため、誤りの発生を防ぐ、また誤りを繰り返さないためのノウハウを学ぶこともできるはずである。
各訂正事例においては、訂正のタイミングや科目、金額、注記情報など、外部者でも入手し得る手がかりをもとに推理が展開されており、まるでその企業の現場に立ち会っていたかのように誤りの発生過程が再現されるさまは秀逸である。名探偵「石王丸周夫」の名推理といってもいいだろう。会計基準や関係法令などに対する確かな理解があればこその見事な分析であり、再現度の高さからさまざまな誤りを自分事として追体験でき、読者となるであろう担当者や管理者は「ここが落とし穴になりやすい」、「ここは特に注意が必要」と実感できるだろう。さらに、こうした多数の事例を知ることは、組織全体のリスク管理や内部統制の弱点を認識し、強化につなげるヒントも得られる。日々の業務改善や教育・研修の場でも大いに活用できるはずだ。
本書では、退職給付関連、自己株式関連、在庫関連など、さまざまな訂正事例が取り上げられているが、その発生原因からいくつかのパターンに分類・整理されている。「煩雑な会計基準等」、「煩雑な業務プロセス」、「初見・不定期取引」、「ヒューマンエラー」、「情報収集の不備」といった具合である。そのため、分類ごとに自社の課題や業務に照らして読み進めることができる。
本書で取り上げられている訂正事例はそれぞれ独立しているため、興味のあるテーマから読み進めてもよいだろう。経理業務等の担当者、決算書類をチェックする管理者や監査人、内部統制や業務改善に携わる方、会計基準への理解を深めたい方など、幅広い実務家にとって有用な1冊である。ぜひ手に取っていただきたい。
中島 努(公認会計士 ミロク情報サービス 税経システム研究所 上席研究員)
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