『海外IRの実務』(『旬刊経理情報』2025年11月20日号掲載書評)

書評

海外IRの実務 旬刊経理情報』2025年11月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者:澤口 実 氏)に『海外IRの実務』ジェイ・ユーラス・アイアール㈱・ハーディ智砂子〔編著〕を掲載しました。







2023年3月の「資本コストや株価を意識した経営」に関する東証要請を契機として、あらためて株価への意識を強めた日本企業の経営者は多い。10年前、本心では海外投資家には株を買われたくないと思っていた経営者も、今や、長期保有の投資家に株を保有してもらうために、アクティブ投資が多い海外投資家へのIRに本腰を入れ始めた。本書は、その海外IRに25年前から取り組んできた専門会社と日本株投資の専門家による海外IRの解説である。

本書は、海外IRのノウハウについて、初心者にもわかるように丁寧かつおしげもなく披露している。海外IRの主要要素を、「株主判明」、「パーセプション把握」、「訴求対象(ターゲティング)」、「メッセージ・デベロップメント」、「コミュニケーション」、に区分し「フォローアップ」たうえで、それぞれについて考え方から具体的なアクションまで記載している。また、第1章の歴史的俯瞰は、バブル期前から始まり、バブル崩壊、「モノ言う株主」をめぐる動き、ITバブル、アベノミクスへの高揚と失望、さらにはMiFID Ⅱの影響まで、紆余曲折を経たIRの歴史から現在地を示し、また、第7章の株価のボラティリティに着眼したIR戦略は新しい切り口であり、いずれも興味深い

編者であり著者らが所属するジェイ・ユーラス・アイアール社は、本年で創業25年を迎える日本を代表するIR支援企業である。多くの優良企業や重大案件で大きな貢献をしてきたことを評者も間近で目撃してきた。また、同社で有名な株主判明調査が、あくまでも同社のサービスの一部、もっといえばIRの一部に過ぎないことも本書を読めばよくわかる。

本書で同社が推奨するIR活動は、長期目線での企業と資本市場との安定的な関係構築を目指すものであり、サステナブルなものである。同社は、創業から数年前までその役職員はすべて女性で構成され、コロナ禍のはるか以前からフレックスタイムやフリーアドレス、リモート勤務を実践してきた企業であり、日本企業の先頭でサステナビリティ経営を実践してきた企業でもある。

東証要請をトリガーとした株価へのフォーカスは、日本株をめぐる環境変化によりますます加速しそうである。コーポレート・ガバナンス改革の進展という素地のうえに、ウォーレン・バフェットに代表される日本株への再評価、米中対立を踏まえた地政学リスクの増大、アクティビストと呼ばれるヘッジファンドの活性化、日本政府の経済政策、特に資産運用立国と題される貯蓄から投資への誘導策などの複合的な要因により、日経平均も上昇傾向にあり、また、動きの遅い海外の長期資金も本格的に移動をはじめている。このような状況では、IR、特にアクティブ投資家が多い海外のIRの巧拙が株価に与える影響は大きい。実際、海外にIR拠点を設置する企業も増えてきた。本書はまさに時宣を得た書籍といえよう。

IR・SRに携わる多くの方、特にIRの先頭に立つことが求められている経営者にお薦めしたい。

澤口 実(森・濱田松本法律事務所外国法共同事業 弁護士)

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