書評
『旬刊経理情報』2025年11月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:岩下 拓 氏)に『DAO(分散型自律組織)の実務―設計と法務・税務・ガバナンス』PwC Japanグループ〔編〕を掲載しました。
世界の暗号資産ユーザー数は、今年ついに人口の1割を超え、年内には普及が加速する「転換点」を迎えるだろう。基盤となるブロックチェーン技術は「金融や通貨」から、「組織」へと社会変革の領域を広げている。その象徴がDAO(分散型自立組織)である。DAOは、人口減少や人材不足に直面する日本において、新しい組織経営や価値創出の手段として注目されている。本書は、その設計・法務・税務・ガバナンスを体系的に整理している。
Web3.0を国家戦略に掲げる日本では、2024年に日本で合同会社型DAOの設立が法的に認められた。社会実装を進めるうえで理論と制度を接続する必要に迫られた。本書は、DAOへの「期待と懸念が交錯する現状」を乗り越え、議論の共通基盤を築くために執筆されている。そのため、DAOの社会的意義から国内外のユースケース、リスク管理、法務、税務、技術までを網羅し、入門から実務レベルまで幅広く対応している。
著者は、DAOが「信頼の確立」をもたらす社会的革新だという。また、個人が自らのインセンティブに基づいて貢献し、その成果が全体に還元されるしくみは、経済や社会構造を再設計するという。たとえば、本書では、新規事業創出DAOの事例を取り上げ、企業が外部人材やファンを巻き込み、トークン報酬を介して共創するしくみを紹介する。これは、組織と人材の関係を再定義する新しい経営モデルである。
一方で、DAO導入には法務・税務・ガバナンス上の課題が多い。本書では、ブロックチェーンの技術的信頼性だけでは社会的信頼を担保できない点を明確にしている。たとえば、外部監査証明や情報開示体制の整備を通じて信頼を獲得すべきと説く。さらに、DAOメンバーによる事業への「提案の質の低下」や「投票偏重」といった運営上のリスク等の具体的事例も挙げている。税務面では、出資トークンの扱いや海外DAOとの二重課税リスクを挙げ、組成・出資段階でのデューデリジェンスの必要性を強調するなど、きわめて実践的な指針を提示している。
DAOの概念は、日本が直面する「地方創生」の文脈にも直結する。地域住民や伝統文化の担い手、観光客、専門家がトークンを介して意思決定に関わる「共創型経営」は、すでに新潟・山古志DAOなどで実証が進んでいる。本書のフレームを応用すれば、地域は透明性と参加型ガバナンスを兼ね備えた新しい地域運営モデルを構築できる。調和を重んじる日本の文化は、DAOを社会的信頼の基盤として成熟させる素地を有している。
本書は、DAOという抽象的で先鋭的なテーマを、実際の活用に向けてさまざまな観点から整理した実用性の高い指南書だ。生成AIの普及により「情報の真偽」=「社会的信頼」が揺らぐ今、ブロックチェーンとDAOは、信頼と透明性を再構築するための次世代インフラになり得る。法務・税務・技術を橋渡しする本書は、分散型社会の到来を見据えるすべての実務担当者にとっての必読書である。
岩下 拓(一般社団法人日本Web3ツーリズム協会 代表)
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