書評
『旬刊経理情報』2025年7月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者:金田 欧奈 氏)に『図解&ストーリー「子会社売却」の実務』岡 俊子〔著〕を掲載しました。
M&Aを題材にする実務書は数多くあるが、未経験者が読むには手強い難解なもの、あるいは実務を進める際の辞書代わりに活用するための専門書が多いように思う。
本書は、『図解&ストーリー「子会社売却」の意思決定』の続編であり、前作に引き続きストーリー仕立てになっており、気軽に読める一方で、内容は極めて「実践的」である。これからM&Aに携わる未経験の方が手に取れば、先々の全体像がみえて大変有用であるし、また経験豊富な方にとっては、物語のリアルさに驚かれること請け合いで、経験されてきたさまざまな出来事を体系的に振り返ることができる、そんな一冊である。
ストーリーはアクティビストの参入から始まる。日本においては拒否感が強いテーマであるが、現実問題として間違いなく今後増える、まさに今向き合うべきテーマでもある。筆者はこれを俯瞰的に洞察し、企業は株主にどう向き合うべきか、専門家ならではの本質的な指針を与えてくれる。
話は子会社売却の意思決定に進む。親会社にとっては子会社との関係を維持しつつ売却する、遠心力と求心力のバランスが肝要な局面だが、このあたりの人間模様や難しさが丁寧に描かれており、ディールを通して必要な基本的な心構えを理解することができる。
入札からデューデリジェンスプロセスにいたる記述は、さすがに淡々とした理論が記載されているかと思ったが、ここでも物語上の些細な会話のなかに、ディールの成否に関わるような重要なやり取りが散りばめられている。経験豊富な方であれば頷いていただけると思うが、この局面は小さなトラブルが一大事に発展してしまうことが実際に大変多く、知っていればたいしたことないが大事なことが多くある。事前準備として大変有用な内容であると思う。
そしていよいよ案件成約となるのだが、市場原理と現場の思いのせめぎ合いが実に面白い。
「会社とはどうあるべきか?」
「市場とどのように向き合うべきか?」
長年投資ファンド業に従事している私にとっては、嬉しい終幕となったが、これは読んでからのお楽しみとしていただきたい。
題名に「子会社売却」とあるが、取り扱うテーマはより広範にわたる。
登場人物がディールを通して経営にあらためて向き合う、成長の場面がいくつかあるのだが、多くの大事な示唆が隠されている。なかでも、当初受け身意識が強かった子会社経営陣が、「親会社ではなく株主がよい」と発言する一幕が印象的であった。長い時間親会社に守られてきた経営陣が、ディールを通して、真の意味で株主という存在に向き合う場面であるが、込められた言葉の意味は奥深く、まさに今、日本企業に必要とされているテーマだと思う。
実践向けの内容にもかかわらず平易で読みやすい文調、その後の解説は専門的だがすっと頭に入る工夫がされており、楽しみながら実践力が身に付く一冊、ぜひ手に取っていただきたい。
金田 欧奈(ベーシック・キャピタル・マネジメント株式会社 代表取締役社長・米国公認会計士)
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