『サブスク会計学―持続的な成長への理論と実践』(『旬刊経理情報』2025年7月10日号掲載書評)

書評

海外子会社の監査プログラム―すぐに役立つ英和対照チェックリスト 旬刊経理情報』2025年7月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:村上 茂久 氏)に『サブスク会計学―持続的な成長への理論と実践』藤原 大豊・青木 章通〔著〕を掲載しました。







近年、「サブスクリプション(以下、「サブスク」という)」という言葉は、私たちの生活やビジネスの基盤に深く浸透している。古くは新聞の定期購読や光熱費の支払から、現在では動画や音楽の配信サービス、 Microsoft 365やSalesforceなどのSaaS(Software as a Service)型サービスまで、誰もが複数のサブスクを日常的に利用しているのが実情である。

こうした環境のなかで刊行された本書『サブスク会計学 ―持続的な成長への理論と実践』は、「サブスクとは何か」を根本から問い直す知的好奇心をくすぐられる一冊である。本書ではサブスクを単に「月額課金」のしくみとして捉えるのではなく、「顧客との継続的な関係性が担保されている状態」と定義し、従来の経済活動を再整理する構えが本書の軸となっている。

この定義に従えば、私たちが日常的に通うカフェやスーパーでの買い物でさえ、「サブスク」と広義には捉えることができる。つまり、定額か従量かや、初期費用の有無等が重要なのではなく、「いかに顧客と長期的な関係を築き、その関係性から価値を創出するか」にこそ、サブスクの本質があるという視座が本書では提示されている。

本書が実務者にとって特に意義深いのは、この「継続的関係性」モデルが、従来の会計といかに異なる論理を要請するかを論じている点である。たとえば、初期の顧客獲得時に多額の広告費を投じるSaaS企業では、当初は赤字となるが、その後の継続収益によってLTV(顧客生涯価値)を高め、時間の経過を通じて黒字化を図るケースが少なくない。

しかしながら、現行の会計基準では、こうした広告宣伝費等を筆頭とする「顧客の新規獲得への投資」は、減価償却費のように期間按分されるものではなく、原則として発生時に一括で費用処理される。したがって、SaaSやサブスク型事業においては、損益計算書上の利益では実態を把握しにくく、経営判断にはサブスク特有のKPI指標の活用が不可欠となる。本書では、MRR(月間定期収益)、チャーンレート(解約率)、LTVなど、サブスク特有の指標をどのように計算し、活用すればよいのかを、実務の視点から解説している。

本書は、サブスクを単なる課金モデルとしてではなく、「顧客との関係性を軸にした収益構造」として捉え直すことで、会計・経営の見方そのものを再構築する契機を与えてくれる。とりわけ、SaaSやサブスク型ビジネスに関心のある読者、あるいはそれを評価する立場にある経理・財務パーソンにとって、必読に値する内容である。

赤字を抱えつつ成長を続けるスタートアップ企業をみて「このままで本当に大丈夫なのか」と感じたことがある人には、本書がそのしくみと合理性を理解するうえで、極めて有用な手がかりとなるはずである。本書は、短期の視点に捉われず顧客との関係を長期的に構築する際に必要な視座を得られる格好の一冊となっている。

村上 茂久(株式会社ファインディールズ 代表取締役)

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