『投資のリスクからの解放 ―純利益の特性を記述する概念の役割と限界―』(『旬刊経理情報』2024年3月10日号掲載書評)

書評

投資のリスクからの解放
―純利益の特性を記述する概念の役割と限界― 旬刊経理情報』2024年3月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:藤本 貴子 氏)に『投資のリスクからの解放―純利益の特性を記述する概念の役割と限界― 』(米山 正樹・秋葉 賢一・浅見 裕子〔著〕)を掲載しました。







表題である「投資のリスクからの解放」とは、会計実務に携わる者としても耳慣れない言葉ではないだろうか。企業会計基準委員会(ASBJ)より2006年に公表された討議資料「財務会計の概念フレームワーク」のなかで、純利益を表現するものとして記述されており、「投資のリスク」は投資の成果の不確定性であり、これが事実となれば投資のリスクから解放される、とされている。実現主義にも似ているように思えるが、それとも異なるもののようである。

本書では、「投資のリスクからの解放」概念の導入により、会計基準の体系がどのように再構築されたか、個別の会計基準の新設および改廃が「投資のリスクから解放された成果」の把握にどれだけ貢献してきたかについて研究されている。著者は、わが国を代表する、とりわけ財務会計の概念フレームワークの議論への造詣が深い会計学者のお三方である。このような切り口による考察は他に類をみないものであり、かなり挑戦的な研究だと感じたが、この3名の会計学者が現在の会計基準の体系化や個別基準を丁寧に紐解きつつ、考察を加えていることには大きな意義があると思うところである。

本書は大きく2部構成になっており、第1部は「投資のリスクからの解放」概念について、これまでの議論や先行研究も踏まえたうえで、「投資のリスクからの解放」概念を中核においた新たな視点を提示している。金融商品会計基準の導入により、事業投資による成果に加え、金融投資による時価の変動等の成果をあらわすようになったことが、考える重要な手がかりになっているようである。また、第2部では、「投資のリスクからの解放」概念と個別の会計基準との関係を説いている。この個別基準との関係を整理した点は大変有用である。会計基準をみても、なぜこのような会計処理になっているのかと疑問に思うこともあるかもしれない。議論の過程では、さまざまなアプローチがあるなかで複数の見解があり、そのなかで何を重視するか、たとえば国際的な会計基準との整合性や実務上の諸問題への対応、そして最終的には投資家にとって有用な情報になるかどうかといった視点等により、最終的に会計基準に反映されていくことになる。

こうした見解の違いについても丁寧に説明されており、考え方の違いについてあらためて認識することができる。しかも、個別基準としてとりあげている内容は、時価評価会計や収益認識をはじめ、企業結合会計、繰延会計、外貨換算会計等々、多岐にわたり、いずれも興味深い内容である。

したがって、本書は、会計学者や会計学を学ぶ者だけではなく、会計実務に携わる者、作成者、投資家、監査人にとっても会計基準を理解するうえでの助けになるのではないか。ぜひ、手元において折にふれて見返すことをお勧めしたい。

また、資本市場をとりまく環境変化は著しく、今後も新たな会計基準が開発されていくであろう。会計基準の開発が続く限り、こうした研究は続くかもしれない。また、それに期待している。

藤本 貴子(公認会計士)

記事掲載書籍をカートに入れる