書評
『旬刊経理情報』2023年4月20日号 の書評欄(「inほんmation」・評者: 久保田 安彦 氏)に『ストーリーで理解するカーブアウトM&Aの法務 』( 柴田 堅太郎 〔編著〕 中田 裕人 〔著〕 )を掲載しました。
これは本当によい本だな。読後における率直な感想はそういうものだった。カーブアウトM&Aとは、売り手企業の事業の一部を切り出して、買い手企業に譲渡するM&Aをいうが、これをどのように進めるべきかは結構な難問である。厳しい社内調整を経て自社の事業ポートフォリオの見直しを行い、ある事業の切出しを決断したとしても、それは単なる始まりにすぎない。その先に待っているのは、まさに「山あり谷あり」の障害である。
とりわけ難しいのは、売却の対象になっている事業と対象となっていない事業の間には、共通して利用されている不動産や特許などの資産、兼務している人材、共通の取引先を相手にする取引関係などの共用リソースがあるところ、それを売り手企業と買い手企業との間でどのように配分するかという問題(スタンドアロンイシュー)である。買い手企業は共用リソースの譲渡を求めてくるだろうが、売り手企業としては、それに応じると、残りの事業の価値が激しく毀損されてしまうかもしれない。そこで、まずは売り手企業の側で、必要に応じて、共用リソースの洗出しをしたうえで、譲渡するとした場合、あるいは譲渡せずに買い手企業に利用を許すとした場合にどのような問題が生じるか、そして、それらの問題をどのように処理・解決すべきかといったことを検討する作業(セラーズ・デュー・ディリジェンス)が必要になる。この作業自体が売り手企業のガバナンス上の問題も絡んできて難しいのだが、本書はその進め方についても、他に例がないほど、丁寧にわかりやすく解説してくれている。
このことにも表れているように、本書の特徴は、カーブアウトM&Aの特質をとらえた解説の丁寧さとわかりやすさにある。さらに、そうした特徴を際立たせているのが、カーブアウトM&Aの各プロセスについて、まずストーリー形式のパートが設けられ、その後に解説パートが続くという本書の構成である。得てしてストーリーパートというのは単なる「おまけ」的な意味を持つだけになりがちだが、本書は全くそうではない。ストーリーパートにカーブアウトM&Aのエッセンスがうまく盛り込まれているために、一読することによって具体的なイメージを持つことが可能となり、それが解説パートの記述(単体だと無味乾燥なものになりやすい)に味わいを持たせて、理解をぐっと推し進めるという効果を実現している。本書を読むと実感してもらえると思うが、これは、カーブアウトM&Aの酸いも甘いも噛み分けた著者らの力量のなせる技であろう。
本書でも随所で触れられているように、近時のコーポレート・ガバナンス上の重要課題の1つとして、聖域なき事業ポートフォリオの見直しが挙げられる。評者としては、本書が広く読まれることにより、カーブアウトM&Aの理解が進むとともに、各企業における事業ポートフォリオの見直しが後押しされることを願っている。
久保田 安彦(慶應義塾大学大学院法務研究科 教授)
記事掲載書籍をカートに入れる