『気候変動時代の「経営管理」と「開示」』(『旬刊経理情報』2022年6月20日号掲載書評)

書評

気候変動時代の「経営管理」と「開示」
旬刊経理情報』2022年6月20日号の書評欄(「inほんmation」・評者: 西川 郁生 氏)に『気候変動時代の「経営管理」と「開示」 』( 後藤 茂之・鶯地 隆継〔編著〕 )を掲載しました。







日本企業にとってESGへの取組みと開示は喫緊の課題となっている。そのなかでも、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)提言(または同等の枠組み)に基づく(気候変動によるリスク・収益機会とその影響についての)情報開示は、改訂コーポレートガバナンス・コードによって、すでにプライム市場上場企業に求められている。現状、同コードのなかで最もコンプライ率の低い開示という調査もあり、さらなる開示要求の拡大に備えて分析を急ぐ企業も相当数に上るとみられる。

本書は、多くの企業にとって極めてニーズの高い課題を扱っているといえる。本書は「経営管理」と「開示」という視点から、諸外国の分析事例を取り上げつつ、企業にとっての実務的課題と対応上の留意点について概説した内容となっている。

「経営管理」については、COP26で採択された「気温上昇を1.5度に抑えるため、CO2排出量を2050年までに実質ゼロとする」という目標のもとで、企業は行動変容後の価値創造ストーリーを明確にし、(金融機関ではリスクアペタイトフレームワークなどによる)経営戦略の変革の方向性を示し、経営情報を体系的に整理し、長期・中期戦略と足元の事業計画との関連、適切なKPIの設定、推進に伴うリスクの鳥瞰と対応を行う必要があるとする。これに伴い、非財務情報に対するガバナンスの再整理、マテリアリティの整理、これらを分析する際に利用するデータの品質管理などの基本事項の検証に加え、経営の時間軸を意識した動態的管理(シナリオ分析など)の強化が必要であると指摘している。

「開示」については、TCFD提言など国際的な枠組みを諸外国の制度と比較し、最新の情報を整理している。また、国際サステナビリティ開示基準審議会(ISSB)の設立に至る経緯と背景が詳しく説明されている。

本書は、サステナブルな金融市場を通じて生じる企業の自主的な行動変容を問題解決の出発点とすべきことを尊重しつつも、「開示の規律と検証」の観点からは、言ったもの勝ちなどの状況が生じていることに警鐘を鳴らしている。一般読者からすれば、「企業の本気度」に期待しつつも、「経営管理」の行動変容を「開示」する制度的枠組みが、気候変動問題の長期的な解決をもたらすという政策は楽観的すぎるのではないかという不安も覚えざるを得ない。

「経営管理」と「開示」は、相互に有機的な関係にあることから、本書では、開示の要求の背景と経営管理ノウハウを交互に織り交ぜることで理解度を高めようとしている。一方で、多様な原則の経緯や開示範囲の複雑性が、一般読者の理解を難しくしていることも否めない。

また、本書は、リスク分析や開示方法が変化する過程では、短い期間で改訂あるいは新刊化が求められる運命にあるのだろう。それでも本書は、この時点での最新情報を求める多くの企業と企業人にとって欠かせない1冊になるものと考える。

西川 郁生(慶應義塾大学大学院商学研究科客員教授・企業会計基準委員会(ASBJ)元委員長)

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