書評
『企業会計』2022年7月号の書評欄(評者:足立俊輔 氏)に『医療機関のマネジメント・システム 』(伊藤和憲 〔編著〕)を掲載しました。
本書は,医療における管理会計研究に長期間携わってきた研究者および実務家による医療マネジメントの実態調査をまとめた研究書である。
本書の主題は,どのようなマネジメント・システムが医療機関にとって効率的かを明らかにすることであり,わが国の医療機関においてどのようなマネジメント・システムが導入されているかという実態把握に主眼が置かれている。加えて,実際の医療機関においては,予算管理やBSC,部門別原価計算といった複数のマネジメント・システムが導入されていることから,当該状況の実際を紹介し,さらには効果を上げているマネジメント・システムを提言することにも着眼している点に特徴がみられている。
本書で採用するアプローチは,インタビュー調査に基づく事例研究とアンケート調査による分析であり,当該2本柱で本書は構成されている。アンケート調査では,事業計画,予算管理,目標管理のほか,BSC,ABC,部門別原価計算,アメーバ経営,トヨタ生産方式といった管理会計研究において研究対象になる項目についても確認している。
本書の研究グループではアンケート回収率を鑑みて,より医療マネジメントの実態を明らかにするために,アンケート調査から把握できた各種マネジメント・システムを実施している病院に個別インタビュー調査を依頼している。当該研究アプローチを経て本書は,個々のインタビュー調査から得られた医療マネジメントの実態を紹介して,そのうえでアンケート調査の結果を提示する章立て構成になっている。
なお,本書を読み進める段階で印象的であった点としては,医療機関へのインタビュー調査の難しさや,BSCの「財務の視点」の取扱い,部門別原価計算の現場からの反発など,医療従事者が執筆した医療マネジメントの書籍・論文では書かれることのない院外関係者の視点から,インタビュー調査を踏まえた客観的な考察がなされている点にある。そして本書では,インタビュー調査などから得られた当該マネジメントが直面する課題に対する対処プロセスも記述されている。
たとえば,部門別(診療科別)原価計算では,他診療科の利益額を公表せず,前年からの収入上昇率ランキングを公表するといったことや(45頁),療養型病院のBSCでは,職員に対する肯定的な価値観への改革を行うために,離職率を測定尺度に加えずに,人材(職員)の充足を指標に設定していること(64頁),また,日本版医療MB賞の認証評価を得る過程において,外部の医療機関での導入経験者(事務長)を採用した,といった人材登用プロセスも紹介されている(第6章)。その他,医療コンサル実務に携わってきた著者により,月次決算をコアとした事業別(病棟別・診療科別)原価計算を浸透させるための対処プロセスが,著者の現場経験を中心に生き生きと描かれている(第7章)。
本書の良さは,こういった医療マネジメントの実務調査に携わってきた研究者であれば一度は直面する課題,そして,当該課題に対する対処プロセスが随所に見られている点にあるといえよう。
他方,こうした多様な医療マネジメントの実態調査を行った本書に携わる研究者グループであれば,コロナ禍における医療マネジメント・システムのあり方をどのように捉えているのかについては,個人的に関心があった。それゆえ,座談会的な章を別途設けてもよかったのではと感じている。本書をベースにしたさらなる研究を期待したい。
以上から本書は,医療マネジメントに携わる研究者または実務家に必携の著書である。ぜひ,一読をおすすめしたい。
[評者]足立俊輔 下関市立大学教授
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