『対話でわかる国際租税判例』(『旬刊経理情報』2022年4月10日号)

書評

対話でわかる国際租税判例旬刊経理情報』2022年4月10日号の書評欄(「inほんmation」・評者:片平 享介 氏)に『対話でわかる国際租税判例』(木村 浩之〔編著〕野田 秀樹・佐藤 修二〔著〕)を掲載しました。







 本書は、15の重要な国際租税判例を題材に、国際課税の問題を議論する本であるが、通常の判例評釈とは異なる。まず「対話でわかる」というタイトルの書き出しからして目を引く。本書は各判例を取り上げた章ごとに「解説編」と「対話編」から構成されているが、ロースクールでの教育を目的とするソクラテス・メソッド形式の昇華型議論かと思いきや、そうではない。「対話編」は実務家3人による文字どおりの対話であり、統一的見解が示唆されているわけではない。前文を読むと、「対話編では、理論と実務の双方の観点から、より突っ込んだ〝生々しい〟検討を加えてみました」とあり、読む者の興味を引きつけてやまない。

 本書の著者は、国税庁での勤務経験や欧州での留学・実務経験を持つ理論派租税弁護士の木村浩之氏、租税法の私法的アプローチの第一人者であり、数多くの裁判経験を持つ租税弁護士の佐藤修二氏、および東京国税局に年以上勤務し、国際課税の実務に通暁した税理士の野田秀樹氏の3名である。「解説編」は、木村氏個人が執筆した判例解説であり、「対話編」にて、対象となった判例および解説編をもとに、著者の3名が議論を行うスタイルである。〝生々しい〟検討の意味は、「対話編」にて展開されるのが予定調和を前提とした議論ではなく、正解がない問題に対して忌憚のない意見をぶつけ合う姿勢が、現場でのやりとりをリアルに反映しているということであろう。

 たとえば、匿名組合契約に基づく分配金に係る租税条約上の区分(適用条項)等が争われた日本ガイダント事件について、解説編で、木村氏が「明文の規定がない場合にその他所得条項が適用されるとするのは、明らかな誤りであると考えられる」と述べるや、対話編において、野田氏および佐藤氏の双方から、現行の課税実務との整合性や所得の性質論等のさまざまな面から疑問が提起され、議論は展開されてゆく。そこに正解は提示されておらず、何らかの示唆を汲み取るのはあくまで読者である。

 3人の著者は、それぞれ租税に携わる実務家という共通点を持ちながら、本書における役回りは大きく異なる。その三者三様の丁々発止のやり取りに本書の醍醐味があるわけだが、なかでも筆者個人としては、対話編における野田氏のコメントに、多くの汲むべきものを感じた。裁判の場で、現行の実務のみならず法令そのものを争うこともある弁護士と、課税実務の最前線にいる税理士という立場の違いはあろうが、野田氏のコメントは実務目線に徹底しており、国際税務に関する深い経験と正確な知識に裏づけされている。

 筆者も、普段から野田氏の執筆物を参照させていただいており、共通の知り合いを通じて直接お会いする機会を模索していたが、コロナ禍で実現しないまま、先日、野田氏の訃報に接した。日本の租税実務の発展に全力を尽くされてきた野田氏が亡くなられたことはこのうえない損失であり、余人をもって代えがたい。心より哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします。

片平 享介(ジョーンズ・デイ法律事務所 弁護士 ニューヨーク州弁護士)

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