『スキル・マトリックスの作成・開示実務』(『旬刊経理情報』2022年3月1日号)

書評

スキル・マトリックスの 作成・開示実務旬刊経理情報』2022年3月1日号の書評欄(「inほんmation」・評者:門多 丈 氏)に『スキル・マトリックスの 作成・開示実務』(山田 英司〔著〕)を掲載しました。







 スキル・マトリックスは取締役会改革の重要課題である。昨年のコーポレートガバナンス・コード改訂では、補充原則4―11①で「取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックス」の作成と開示が定められた。

 これに対し、多くの企業の初動は適切でない。現在の取締役の特性を図解しているに過ぎず、それぞれの企業の戦略や課題に対応するものとなっていない。作成も事務局に任せ、取締役会での十分な議論がされているとは思えない。スキル・マトリックスは今回のコーポレートガバナンス・コード改訂で浮き上がった3つの主要な課題の1つであり、「取締役会の実効性評価」、「指名委員会の機能充実」と三位一体的に、かつPDCAサイクルを回しながら取締役会で継続的に取り組むべきものである。

 本書はスキル・マトリックスについての中身の濃い解説書であり、各企業での作成と開示のための優れた実務書である。米英企業の豊富な開示事例を詳細に分析し、取締役会のスキル・マトリックスの意義を確認する。取締役会のもとにある各種委員会のスキル・マトリックスについても、先行する米英企業のスキル構成の分析も将来に向けて参考になる。日本企業の先行事例53件すべてについては、一覧表で紹介し、開示の現状を俯瞰できるようにもなっている。

 スキル・マトリックス作成にはいくつかのステップがある。たとえば、掲載するスキル項目の決定とその項目への取締役のスキルの特定である。現状では、スキル項目には「企業経営」、「営業」、「海外経験」などをみかけるが、当該企業の戦略や課題にどうマッチするのかが具体的でない。本書はスキル項目について27の候補(カテゴリーとしては、経営全般2項目、事業軸7項目、機能軸16項目、セクター4項目)を挙げ、それぞれの内容と要件について詳細な説明がある。各企業は経営戦略、グループ・事業戦略、組織、人事労務、ステークホールダーなど自社の取締役会で取り組むべき課題とマッチするように、これらのなかからスキル項目を決定するのである。

 個別の取締役のスキルを特定するためには、スキルの評価が重要である。対象取締役の当該スキルについて評価する基準に関しては、4段階のレベルで行う具体例についての解説がある。日本の取締役会がモニタリング・ボードを志向するなかで、社内取締役のスキル認定も重要である。全社の戦略・リスク管理で貢献できるスキルを有するかの認定が肝となる。

 株主との対話では、取締役会が然るべき役割と責任を果たしているかがますます重要なテーマになるが、そのためにも本書がガイドする緻密なプロセスを経て作成されたスキル・マトリックスは、有効な武器になる。

門多 丈(実践コーポレート・ガバナンス研究会 代表理事)

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