書評
『企業会計』2022年2月号の書評欄(評者:太田康広 氏)に『寡占競争企業の管理会計―戦略的振替価格と多元的業績評価のモデル分析』(濵村純平〔著〕)を掲載しました。
この本は,タイトルに寡占競争企業とあるとおり,著者の濵村准教授が得意とする寡占ゲームによる管理会計研究を紹介するものである。とくに戦略的振替価格と多元的業績評価にフォーカスしている。
クールノー・ゲーム,ベルトラン・ゲーム,シュタッケルベルグ・ゲームといった寡占ゲームについては,学部でミクロ経済学を履修した人は全員知っているはずである。
これら寡占ゲームの研究の素晴らしい点の1つに,均衡条件の計算や比較静学で微分を使う以外,ほぼ加減乗除で分析できるので,参入のハードルが低いことがある。その低いハードルを,濵村准教授がこの本でさらに押し下げた。
なお,誤解を避けるために慌てて付け加えると,数学レベルが低いということは,この分野が簡単であるとか,経済的意義が薄いということをまったく意味しない。経済現象の重要な側面をデフォルメして切り取り,その動作機構を鮮やかに示す簡単なモデルを見つけることは難しい。また,分析の結果得られる常識的推論ではたどりつけない深い構造理解と豊かな経済的意義は,この分野を魅力的なものとしている。
著者は,寡占ゲームが会計研究でどの程度取り上げられているかを調べ(第1章),次いでクールノー・ゲーム,ベルトラン・ゲーム,シュタッケルベルグ・ゲームを丁寧に紹介し(第2章),管理会計で利用する基本的なモデルとして参入阻止モデル,委任ゲーム,内生的タイミング決定モデル,コミットメント・ディバイスの役割を説明する(第3章)。
それだけの準備の上に,戦略的振替価格のモデルが紹介される。基本的には振替価格や原価計算システムをコミットメント・ディバイスとして利用することで利潤を高めることができるということである。振替価格自体が観察できるケース(第4章),原価計算システムが観察できるケース(第5章),原価計算システムを選択する参入阻止ゲーム(第6章),並行輸入市場がある場合の国際移転価格の分析(第7章)が紹介されている。
続いて多元的業績評価研究が紹介される。寡占ゲームにおいては,競合他社との戦略的交渉があるため,契約理論による相対的業績評価のモデルとは異なった側面が研究できる。まず,委任ゲームに契約理論のモラル・ハザード・モデルに近い設定を取り込む(第8章)。また,企業の目的関数に自社の利潤のほかに社会的余剰(第9章)や消費者余剰(第10章) を組み込むことで, 企業の社会的責任(corporate social responsibility: CSR) を分析することが可能になった。消費者余剰が目的関数に組み込まれた場合に任意開示がどのような影響を受けるかの分析も提示される(第11章)。
そして,最後に,戦略的振替価格研究と多元的業績評価研究を組み合わせて応用する著者オリジナルのモデル分析が示されている(第12章)。
この本の面白い特徴の1つに,参入阻止ゲームを紹介しながらも,ほかの研究者がこの分野に参入することを阻止する気がまったくないことがある。中学数学に加えて,高校2年生で習う微分の知識とMathematica とこの本があれば,分析的会計研究を始められる。
著者によれば,伝統的な管理会計学者は,経済学ベースの研究を「実務を反映していない」,「管理会計にあったモデルではない」と批判してきたという(3頁)。その背景には,イソップ寓話にいう「酸っぱい葡萄」の面があろう。こうした管理会計学界の風潮を前にして,できるかぎり参入障壁を取り払いながら,実務を反映した管理会計にあったモデル分析の豊穣な世界を示したところにこの本の価値がある。
[評者]太田康広 慶應義塾大学大学院教授
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