『日本企業の利益マネジメント』(『企業会計』2022年2月号)

書評

日本企業の利益マネジメント―実体的裁量行動の実証分析『企業会計』2022年2月号の書評欄(評者:奥村雅史 氏)に『日本企業の利益マネジメント―実体的裁量行動の実証分析』(山口朋泰〔著〕)を掲載しました。







経営者は,企業を経営するにあたって,企業のため,あるいは自らのために裁量的に損益計算書上の利益額を調整したいと考える場合がある。本書の題材である「利益マネジメント」とは,経営者が何らかの目的のためにその裁量を行使することによって,報告利益を調整することを意味する。その手段として,会計方針の決定や会計上の見積りなど,会計測定上の裁量を行使すること(会計的裁量行動)もできるが,本書では,経営実体に影響を及ぼす取引自体を裁量的に決定すること(実体的裁量行動)を通じた利益マネジメントを研究対象としている。広い意味で経営者のマネジメント行動のすべては裁量行動であるが,本書の分析対象は,特定期間における利益額を調整するために行使される,企業の実体に影響を及ぼす裁量行動である。

会計利益は,経済社会においてきわめて重要な情報であるため,ますます規制は厳しくなっている。そのような状況下,従来以上に実体的裁量行動が行使されている可能性がある。本書は,そのような実体的裁量行動の実態をアーカイバル研究の手法により解明しようとする,日本で初めての研究書である。

第1章では,関連する概念を整理するとともに,本書の意義を実体的裁量行動の体系的な分析と定め,第2章では,網羅的に先行研究を渉猟し分析視点を整理したうえで,先行研究の分析結果を要領よくまとめている。同章での緻密なサーベイが本書のバックボーンとなり研究の説得性を高める要因となっているが,それはまたこの領域に関心をもつ読者に大変有益なものでもある。本章の核心部分は,以上をふまえて展開される第3章以降にある。

第3章および第4章は,実体的裁量行動の実施状況の把握(実態調査)を目的とする。利益ベンチマーク(損益ゼロ,前年度利益,予想利益)の達成や連続増益の維持に関する経営者の強いインセンティブを仮説として実体的裁量行動の存在を示す。

第5章および第6章は,実体的裁量行動の経済的帰結について分析する。第5章は,利益増加型の実体的裁量行動が将来における企業業績に負の影響を及ぼすことを示し,第6章では,会計的裁量行動と比較して実体的裁量行動について株式市場がマイナスに評価することを明らかにする。

第7章から第9章は要因分析である。第7章では,政府契約,債務契約,成長性,ガバナンスなどが実体的裁量行動の促進あるいは抑制要因となっているのか,さらに,第8章と第9章では,経営者退任や証券発行をめぐる経営者のインセンティブ要因を分析し,各種の要因が経営者による実体的裁量の行使に影響していることを明らかにする。

本書で展開される実態調査,経済的帰結の分析,要因分析はいずれも仮説の明確な記述と,対応する詳細な分析,ならびに分析結果の丁寧な解釈から構成されており,それは著者の着実かつひたむきな研究姿勢および研究能力の高さをうかがわせる。本書は著者による研究の現段階における集大成であり,まさに労作であるといえる。

実体的裁量行動は,会計規制の厳格化等の環境変化の中でその程度が増し,産業の効率性にまで影響を及ぼしている可能性がある。もしもそうだとすると,それは会計情報の利用方法や会計規制のあり方に関して再考を促すかもしれない。本書の研究成果は,このような問題に取り組む際の基礎を与えるものであり,将来に向けたさらなる研究の展開を期待させる,きわめて貴重な文献であるといえる。

本書は,実体的裁量行動に関心のある者だけでなく,広く会計研究に携わる者,会計規制担当者,会計情報に関わる実務家にとっても有用な内容を多く含んでいる。たくさんの方々が,本書を手に取ることを願ってやまない。

[評者]奥村雅史 早稲田大学教授