『財務諸表の裏の読み方』(『旬刊経理情報』2021年6月1日増大号)

書評

「旬刊経理情報」2021年6月1日増大号の書評欄(「inほんmation」・評者:岡崎 一浩氏)に『財務諸表の裏の読み方』(飯田 信夫〔著〕)が掲載されました。







日本を取り巻く新型コロナ感染拡大による不況のなか、ここに至って財務支援を懇願される企業や金融機関も少なくない。頼み方もさまざまであれば、頼まれ方もさまざまである。苦し紛れの嘘による救済依頼で気まずくなった例もあるし、他方、助けずに見捨ててしまい疎遠になった例も少なくない。

財務分析には会計知識が必要だが、実はもう1つ大切なテーマがある。それは、分析対象の財務諸表が必ずしも正しいとはいえないことをも疑わなければいけないことである。つまり、問われているのは財務分析力だけの問題ではなく、その財務データそのものが正しいとの前提を疑う眼力も必要なのである。

本書の筆者、飯田信夫氏は財務資料の信頼性を「裏」とか「ウソ」と表現した。わかりやすい。言い得て妙なのは、支援希望者にはウソをついてでもという誘惑にかられる響きが裏にはある。つまり裏とは、何か人間の弱さに関連するウソであり、人間の機微から出るものでもある。このような裏を的確に記述をするには年の功も必要である。

前置きが長くなったが、あらためて本書の構成を紹介しよう。本書は3部構成である。
第1部「準備編」は長年の税理士の経験をもとにして、税務資料をどう財務諸表分析に生かせるかを丁寧かつ実用的に紹介している。余程この方面の経験が豊富なのであろう。単に比率分析を説くのではなく、経営環境の変化への経営者の対応の適否や、それがどう決算書に現れるかまでの過程を丁寧に説明している。
第2部「基本編」は、一通りのセオリーどおりの財務分析をオーソドックスな表現で説明している。ここでは、説明のための基本的知識を平易な図表でわかりやすく説いている。基本編は決して冗長でなく必要にして十分な質と量があり、こちらは長年のコンサルの経験が光る。
たとえば仕入債務に対しても、裏を的確に指摘する。「しかし、だからこそ仕入債務の指標の数値が芳しくない場合には、潜在的な問題点がある...相当大きな資金的問題があると推定して良いであろう」(88頁)。
第3部「裏読み編」が本書の最大の特徴で、パターン別に多くの「裏の読み方」の例を紹介している。これらは混み入った事柄を簡潔にまとめている。本書を読む実益は正しく財務諸表分析ができるようになることだが、当然に正しいとされている前提にウソがどうして入ったかも見破るという重層的な分析力が養われる。さらに、これらの知見をグループ化して整理して読者に提供してくれているのは嬉しい。

ここからは評者の意見であるが、本書は通り一遍の分析実務書ではないことを挙げておきたい。実は本書は、学術的には極めて行動科学的な分析に視点を置いている。行動科学的なアプローチを採用しているから、より重層的な分析が可能になっており、行動科学の書籍に共通の面白さがある。言い換えれば、仮にも「行動財務分析論」という学問領域がすでに会計学にもあったのであれば、十分に学術論文としても通用するレベルの内容を持った力作なのである。

岡崎 一浩(愛知工業大学名誉教授、(日米)公認会計士)